寺浦廃寺跡(読み)てらうらはいじあと

日本歴史地名大系 「寺浦廃寺跡」の解説

寺浦廃寺跡
てらうらはいじあと

[現在地名]小城町大字晴気字寺浦

天(てん)山南山麓に接した扇状地の扇頂付近、標高四〇メートル余りの緩傾斜地にある。晴気(はるけ)廃寺跡とも称され、奈良時代の廃寺跡である。

昭和一〇年代に調査が行われた(「寺浦廃寺阯の調査」佐賀県史蹟名勝天然紀念物調査報告・第六輯)。昭和四九年(一九七四)に応急調査が行われた(「寺浦廃寺跡」昭和五一年三月・佐賀県教育委員会刊)。寺浦廃寺塔跡ならびに礎石が佐賀県史跡。

現在塔跡と、念仏石とよばれている礎石一個が塔跡からやや離れた位置に残存しているのみで、塔跡には塔心礎が残り、数個の礎石が石塔婆などの基礎石として転用され残存している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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