晴気村(読み)はるけむら

日本歴史地名大系 「晴気村」の解説

晴気村
はるけむら

[現在地名]小城町大字晴気

小城町の西北方、てん山山麓の晴気谷および天山の東谷に発する晴気川上流域の村落。晴気の地名は、元暦二年(一一八五)の源頼朝消息(長沼賢海氏蔵)に「晴気領」とみえる。尾張少将藤原隆頼の一族の所領で、その後、晴気保・晴気庄として宗像むなかた神社大宮司の荘園として成立していき、のち千葉氏の支配下に入る。川西の西晴気の西方、通称じよう山に千葉氏の晴気城跡がある。川東の晴気宿より一本松いつぽんまつ峠を越えて多久の渋木たくのしぶきに至る道路を別府べふ(一本松越、渋木越)とよぶ。

千葉氏衰亡後、晴気村は佐賀本藩の直轄地となった。享和元年(一八〇一)写の御領中郡村附によると、小城郡西郷内晴気村として「三間寺村、徳武村、円光寺村、中善寺村、桑鶴村、川内村、内浦村、川東村、川西村、寺浦村、庄村一本松村、西福寺谷村、地明村、松葉村、山神村、小松村」をあげている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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