専光寺新村(読み)せんこうじしんむら

日本歴史地名大系 「専光寺新村」の解説

専光寺新村
せんこうじしんむら

[現在地名]金沢市豊穂町とよほまち・みどり一―二丁目

専光寺村の南、犀川支流安原やすはら川の下流東岸に位置する。東は北笹塚きたささづか村。専光寺村から分村して成立した村と考えられるが、分村年代は不明。正保郷帳では専光寺村・中野なかの村と併記され、高一千八四三石余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では高六四八石・免四ツ六歩(三箇国高物成帳)。寛文年間の家高数五・百姓数一四(高免付給人帳)。天保一三年(一八四二)の村御印物成等書上帳によると、正徳四年(一七一四)に一六〇石の検地引高があり、また散小物成として御田地通船一艘三匁が賦課されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む