小久喜村(読み)こぐきむら

日本歴史地名大系 「小久喜村」の解説

小久喜村
こぐきむら

[現在地名]白岡町小久喜

千駄野(せんだの)村の西に位置し、西は新宿(しんしゆく)村(現蓮田市)。大宮台地白岡支台に位置し、地内の西(にし)山が標高一七メートルで現町内で最も高く、北東部に向けてゆるやかに傾斜している。東側は旧日(につ)川流路跡の低地であり、台地と低地との区分は一〇メートルの等高線とほぼ一致する。隼人(はやと)堀川が北境の寺塚(てらつか)村からくる庄兵衛(しようべえ)堀川と篠津(しのづ)村境からの栢間(かやま)堀を合流し、下野田(しものだ)村に流下する。黒沼(くろぬま)用水は北西の白岡村から北東に流れて屈曲し、少し南に流れて岡泉(おかいずみ)村に流れる。西から北東に向かって幸手(さつて)道が通る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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