…文政7年(1824)7月に創鋳されたが,品位は劣悪で,小型で薄く紛失しやすかったので,世評はすこぶる悪く,天保11年(1840)10月には通用停止となり,それ以後一朱金はつくられなかった。一朱金の表面の色揚げがとれ,銀貨のような白みが感じられたので,俗に〈小二朱(こにしゆ)〉と呼ばれ,また〈銀台の似せ小判〉ともいわれた。天文期(1532‐55)に武田氏が甲斐国で創鋳した甲州金のなかにも,一朱金がみられた。…
※「小二朱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」