小原駩吉(読み)オハラ センキチ

20世紀日本人名事典 「小原駩吉」の解説

小原 駩吉
オハラ センキチ

明治・大正期の男爵 宮中顧問官;貴院議員。



生年
明治4年1月17日(1871年)

没年
昭和7(1932)年5月15日

出身地
美濃国(岐阜県)

学歴〔年〕
帝国大学法科大学政治科〔明治29年〕卒

経歴
男爵・小原適長男として生まれ、明治41年襲爵する。29年拓殖務属となり、拓殖務、貴院書記官、宮内省爵位局主事、宗秩寮主事兼宮内省書記官、調度頭、内匠頭などを歴任し、のち宮中顧問官となった。この間、大喪使事務官、大礼使事務官、東宮御婚儀委員などを務め、32年議員制度並びに商工業調査のため欧米に出張した。大正14年から族院議員。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小原駩吉」の解説

小原駩吉 おはら-せんきち

1871-1932 明治-大正時代官吏
明治4年1月17日生まれ。宮内省爵位局主事,同書記官などをへて,宮中顧問官となった。大正14年貴族院議員。昭和7年5月15日死去。62歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。帝国大学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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