小嘉倉村(読み)こがくらむら

日本歴史地名大系 「小嘉倉村」の解説

小嘉倉村
こがくらむら

[現在地名]長崎市倉町くらまち新小しんこくら一―二丁目・大山町おおやままち・ダイヤランド一―四丁目

戸町とまち村の南にあり、西部は長崎浦口にあたる。南東部に戸町岳、南部にくまヶ峰などがあり、鹿川・塩屋しおや川などが流れる。中世彼杵そのき庄戸町浦のうちで、正安四年(一三〇二)五月二四日の深堀時願・同時通連署譲状(深堀文書)に「こかくら」とみえ、時願(時仲)が娘の「まさい」に譲った「とまちのうらかのを」の四至のうち北に位置する地として記される。建武五年(一三三八)みやうゑ(時通)が女子「にやくつる」に「弐反、こかくらのきたのまた」を含む「かのおの村」の田屋敷を譲った(同年八月三日「みやうゑ譲状」同文書)。文和五年(一三五六)「こかくらの田□□ん」や向屋敷半分などが「なかよのによし」に譲渡された(同年三月八日「みやうゑ譲状案」同文書)。江戸時代は肥前佐賀藩家老の深堀鍋島家領で、深堀ふかほり郷に属する。大久保おおくぼ山の西麓と南東麓に「佐嘉領」と記す領境石が置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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