小屋郷(読み)おやごう

日本歴史地名大系 「小屋郷」の解説

小屋郷
おやごう

和名抄」所載の郷。諸本とも訓を欠き、諸国に同名郷もないが、当郷が「大屋郷」と記される場合が多いので、「おや」の訓が妥当であろう。ちなみに天正九年(一五八一)九月一八日書写の廻船大法(内田敬三氏旧蔵文書)によると、現輪島港辺りと考えられる小屋湊を「ヲヤ」と訓じている。郷域は河原田かわらだ川と鳳至川が合流して日本海に注ぐ地点、現輪島市の中心市街地とその周辺とみられているが(日本地理志料・能登志徴・加能郷土辞彙)、現穴水あなみず町の北部までを含んでいたとする説もある。推定郷域内に四ッ塚よつづか古墳群や稲舟いなぶね横穴墓(以上輪島市)がある。前者は四世紀代にさかのぼる首長墳と考えられる古墳を含み、後者では八基ほどの横穴墓が確認され、そのうちの二基は六世紀後半頃の造営とみられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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