小山田邑(読み)おやまだのむら

日本歴史地名大系 「小山田邑」の解説

小山田邑
おやまだのむら

「日本書紀」神功皇后摂政前紀(仲哀天皇九年二月条)にみえる地名。同書によると仲哀天皇が筑紫橿日宮で没し、神功皇后が「小山田邑」に斎宮を造ったことがみえる。その後皇后はこの斎宮に籠って神託を受けた。比定地は現古賀市小山田を遺称地とする説もあるものの(続風土記拾遺)、より香椎宮近く、斎宮(聖母屋敷)という社の現存する現久山ひさやま山田やまだをあてる説が有力であるが(続風土記・太宰管内志)、ともに推測の域を出ない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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