小手森城跡(読み)おでもりじようあと

日本歴史地名大系 「小手森城跡」の解説

小手森城跡
おでもりじようあと

[現在地名]東和町針道 愛宕森

「積達古館弁」や「相生集」によれば、この城は石橋氏が東安達を支配したとき伊達郡との境を防御するため、戸沢(とさわ)村の菊地氏に命じてつくらせたといわれるが明証はない。石橋氏滅亡後大内氏の抱城となったが城主名は明らかでない。年未詳一〇月四日の伊達輝宗書状写(東山戦国期古文書)に「小手森」とみえ、輝宗は同月八日に塩松氏の仲介により当地で二本松畠山氏と会うことになっている。天正一三年(一五八五)伊達政宗の塩松(しおのまつ)(現岩代町)進攻の第一目標に選ばれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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