小日向智願寺門前(読み)こびなたちがんじもんぜん

日本歴史地名大系 「小日向智願寺門前」の解説

小日向智願寺門前
こびなたちがんじもんぜん

[現在地名]文京区小日向こびなた二丁目

神田上水を隔てて小日向水道こびなたすいどう町の北に位置する智願寺境内の東側と南側に成立した門前町屋。北は下総関宿藩久世氏の抱屋敷、西は還国かんこく寺境内、東は大日だいにち坂の通りを隔てて小日向清光院こびなたせいこういん門前・妙足みようそく院境内など。浄土宗智願寺は古くは牛込赤城下うしごめあかぎした近くにあり、寛文年中(一六六一―七三)に当地に移転(寺社備考)、この移転以前から門前町屋が形成されていたかどうかは不明だが、延享二年(一七四五)に町奉行支配となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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