小田谷村(読み)こだやむら

日本歴史地名大系 「小田谷村」の解説

小田谷村
こだやむら

[現在地名]毛呂山町小田谷

毛呂本郷もろほんごうの南、越辺おつぺ川支流の大谷木おおやぎ川左岸台地に立地。地元では「こたや」おだやともよぶ。近世初期には毛呂村に含まれていたが、その後同村が分立して成立。元禄郷帳に「毛呂小田谷村」とみえ、高二二九石余。国立史料館本元禄郷帳によると旗本仙石領、ほかに長栄ちようえい寺領・山本やまもと坊末法道院除地がある。「風土記稿」には幕府領から宝永六年(一七〇九)大半が仙石領となり、寛保三年(一七四三)残る幕府領分が旗本逸見領となったとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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