小莚村(読み)こむしろむら

日本歴史地名大系 「小莚村」の解説

小莚村
こむしろむら

[現在地名]中央町小筵(こむしろ)

東の佐俣(さまた)村との境を流れる釈迦院(しやかいん)川は、二俣(ふたまた)で津留(つる)川に合流。西は原田(はらだ)村、南は長尾野(ながおの)村と森林で境する。字伯父藪(おじがやぶ)にある吉見(よしみ)神社は長享元年(一四八七)二月創建の伝承をもち、現在佐俣にある佐俣阿蘇神社は、一五世紀中葉から一七世紀中葉にかけて当村に鎮座し、松野原(まつのはら)城城主の尊崇を受けたという(町誌中央)。城迫(じようのさこ)・屋敷田(やしきだ)などの地名もある。慶長国絵図に村名がみえ、正保郷帳の高四〇〇石八斗余、うち田方一一三石七斗余・畠方二八七石一斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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