小見前新田(読み)おうみまえしんでん

日本歴史地名大系 「小見前新田」の解説

小見前新田
おうみまえしんでん

[現在地名]関川村小見前新田(おみまえしんでん)

荒(あら)川右岸にあり、北東は小見(おうみ)村に接する。小見村の佐源太により同村地先と高田(たかだ)村地先が開発され、天明五年(一七八五)検地を受けて成立。小見村地先の田三町余・畑三町三反余で高三七石七斗余、高田村地先の田四町一畝余・畑二町一反余で高六石五斗であった。翌年当新田は金六〇両で上関(かみせき)村の利左衛門へ譲渡された(天明六年「小見高田地先新田畑譲証文」渡辺家文書)。寛政五年(一七九三)には利左衛門の子利惣次は小見前新田全村を質代金一〇〇両で下関(しもせき)村の渡辺三左衛門へ七年季で質入れし(「小見前新田質入れ証文」同文書)、享和二年(一八〇二)には質流れとなって以後渡辺家の所有となった(「質地渡証文」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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