日本歴史地名大系 「小野津留村」の解説 小野津留村おのづるむら 大分県:大分市旧大分町地区小野津留村[現在地名]大分市小野鶴(おのづる)大分川右岸に位置し、東は上宗方(かみむなかた)村、北は同川を隔てて賀来(かく)村。当村辺りの大分川を堂尻(どうじり)川とも称した(豊後国志)。中世賀来庄小野津留郷の遺称地。正保郷帳に村名がみえ田高一〇二石余・畑高一八二石余、賀来庄に所属。慶長六年(一六〇一)府内藩領になり、明暦二年(一六五六)から同四年までの幕府領時代を除き幕末まで同藩領。中郷下市組。享保(きようほう)井路筋のため宝暦一二年(一七六二)には横瀬井手役を命じられている。文政一二年(一八二九)井手口の貫の掘替えが計画され天保元年(一八三〇)完成、工事に二千九三一人が出夫した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by