小針領家村(読み)こばりりようけむら

日本歴史地名大系 「小針領家村」の解説

小針領家村
こばりりようけむら

[現在地名]桶川市小針領家

舎人とねり新田南東にあり、南部は大宮台地上、北部は元荒川の低地を占める。備前びぜん堤が台地の先端から北東埼玉郡高虫たかむし(現蓮田市)へ延びている。田園簿に領家村とみえ、田一二八石余・畑一一二石余、岩槻藩領。延宝八年(一六八〇)の家数四〇(うち本百姓二〇)、人数二四六(「岩付領内村名石高家数人数寄帳」吉田家文書)。元禄七年(一六九四)検地で上田五町八反余・中田七町八反余・下田四町五反余・下々田一二町九反余の計三一町二反余。畑方は上畑一〇町二反余・中畑一一町三反余・下畑一三町二反余・下々畑四町三反余・屋敷一町五反余の計四〇町七反余、高四六九石余となっている(「検地帳」川家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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