小鈴谷村(読み)こすがやむら

日本歴史地名大系 「小鈴谷村」の解説

小鈴谷村
こすがやむら

[現在地名]常滑市小鈴谷

丘陵地がほとんど全村を覆い、わずかな狭間を縫って田畑を形成、南北に通ずる西浦(にしうら)街道に沿って集落がある。北は大谷(おおたに)村、西は伊勢湾、南は広目(ひろめ)村・坂井(さかい)村に接する。昔は大谷村に対し小谷(こたに)村と称したが、鷹狩に鈴を鳴らしたところから小鈴谷と改めたという(雑志)。「寛文覚書」によれば、概高二六四石余、田一四町七反余・畑三町一反余、家数四一、人数二〇二。源敬様御黒印写(徳川林政史蔵)によれば、元和六年(一六二〇)には付家老竹腰山城守の全村に及ぶ給知であった。のち全村蔵入地。

「寛文覚書」は「民屋ハ海浜ニ建ナラヒ、酒屋三戸アリ。土蔵建ナラヒ、村立ヨクミユレトモ、其余ハ農家小百姓ハカリ也。戸口多クシテ他村ヘ田畝ノ掟ナシ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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