少分谷村(読み)しようぶだにむら

日本歴史地名大系 「少分谷村」の解説

少分谷村
しようぶだにむら

[現在地名]東条町少分谷

貞守さだもり村の北東、東条川上流左岸の段丘上に位置する。文永二年(一二六五)一一月三日の住吉神領杣山四至并造替諸役差定書(大川瀬住吉神社文書)に、東条の内として「少分谷ムラ」とみえる。応永二七年(一四二〇)三月二三日の御嶽山清水寺仁王堂勧進帳(清水寺文書)によると東条少分谷宮内大夫が清水きよみず(現社町)に一〇〇文を寄進している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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