尻八館(読み)しりはちだて

日本の城がわかる事典 「尻八館」の解説

しりはちだて【尻八館】

青森県青森市にあった中世の山城(やまじろ)。陸奥湾に面した標高190mの摺鉢(すりばち)山の山上に築かれた城で、城跡の案内板には「古いアイヌの砦を土台として安東氏が築城した山城である、鎌倉時代から室町時代まで約二百五年間続いた城である。1435年南部義政に攻め破られる」とある。古史料(遠野南部家文書『曽我貞光申状写』)には、1339年(暦応2)に、安東道貞が守る尻八館を曾我貞光(鎌倉幕府から派遣された地頭の後裔)が攻めたという記録があり、十三湊(とさみなと)を拠点にした安東一族の城の一つであったと推定されている。堀切や空堀などの当時の遺構が残され、発掘調査から建物や門、柵のほか、中国の竜泉窯(りゅうせんよう)の青磁を含む陶片などが多数出土し、当時十三湊を拠点に交易で栄えていた安東氏の経済力の一端が明らかになった。ただし、この遺構が尻八館かどうか疑問も残されており、「伝尻八館」と記されることも多い。JR津軽線後潟(うしろがた)駅から徒歩約60分。◇尻八楯とも記される。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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