尾川城跡(読み)おがわじようあと

日本歴史地名大系 「尾川城跡」の解説

尾川城跡
おがわじようあと

[現在地名]佐川町本郷 中村

戦国期の近沢氏の居城跡。比高二〇〇メートルのしろ山の山頂部を本丸とし、南東に二ノ丸を配した山城で、削平面や空濠が認められる。天正一八年(一五九〇)の佐川郷尾川村地検帳によれば山麓に三反五代の土居があり、周辺に近沢氏の「手作分」がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む