屋口村(読み)やぐちむら

日本歴史地名大系 「屋口村」の解説

屋口村
やぐちむら

[現在地名]小野市中谷町なかたにちよう

豊地といち村の南に位置し、東条とうじよう川の左岸草加野そうかの台地の北麓に立地する。慶長国絵図に矢口村とみえる。領主変遷は享保五年(一七二〇)幕府領となるまでは浮坂うきさか村と同じ。寛延二年(一七四九)以降姫路藩領となる(同四年「酒井忠恭領知目録」酒井家史料など)正保郷帳では田方二三二石余・畑方一五石余。元禄郷帳では高二九六石余で、以後村高は変わらない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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