山ノ中立村(読み)やまのなかだちむら

日本歴史地名大系 「山ノ中立村」の解説

山ノ中立村
やまのなかだちむら

[現在地名]足助町山ノ中立

巴(ともえ)川の支流神越(かみこし)川が大きく湾曲するところの左岸に沿う。東は御内蔵連(みうちぞうれ)村、南から西にかけては大見(おおみ)村と神越川を隔てて山蕨(やまわらび)村、北は神越川を隔てて浅谷(あざかい)村に接する。集落は神越川に聳立する山上の小起伏面の山麓に点在。慶長二〇年(一六一五)旗本鈴木兵左衛門の知行地となり、享保五年(一七二〇)、鈴木家の知行が一〇〇石に削られたとき幕府直轄地となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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