山吉村・山吉新田村・西潟新田村(読み)やまよしむら・やまよししんでんむら・にしがたしんでんむら

日本歴史地名大系 の解説

山吉村・山吉新田村・西潟新田村
やまよしむら・やまよししんでんむら・にしがたしんでんむら

[現在地名]見附市山吉町

刈谷田かりやだ川右岸、青木あおき新田村の北。文禄四年(一五九五)六月一一日の直江兼続黒印状(上松文書)の「蒲原郡出雲田庄村数」のなかに「上山村 吉村」がみえる。元和五年(一六一九)の堀主膳触書(岩本功氏蔵)では、山吉村は見附組源右衛門触下の村。正保国絵図に山吉村高一〇九石余、山吉新田高三七石余、西潟新田高四五石余がみえ、いずれも村松藩領。正徳四年(一七一四)の葛巻組田畑家数覚帳(見附地方史研究会蔵)では、山吉村は田一一町三反余・畑七町八反余、肝煎一・与頭一・本百姓四、山吉新田村は田六町七反余・畑一町余、肝煎一・本百姓四、西潟新田は田三反余・畑一町七反余、本百姓三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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