山城彬成(読み)ヤマシロ ヨシナリ

20世紀日本人名事典 「山城彬成」の解説

山城 彬成
ヤマシロ ヨシナリ

昭和・平成期の経営者 日本鋼管会長;経団連常務理事。



生年
大正12(1923)年2月7日

没年
平成8(1996)年2月6日

出生地
新潟市

出身地
東京

学歴〔年〕
東京帝大法学部政治学科〔昭和21年〕卒

主な受賞名〔年〕
藍綬褒章〔昭和61年〕

経歴
昭和22年日本鋼管に入社。労組執行委員を務めたこともある。46年京浜製鉄所管理部長に就任し、その後、経理部長などを経て、51年取締役、53年常務、55年専務、57年副社長を歴任。60年6月社長。平成4年6月会長。経済同友会副代表幹事も務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山城彬成」の解説

山城彬成 やましろ-よしなり

1923-1996 昭和後期-平成時代の経営者。
大正12年2月7日生まれ。昭和22年日本鋼管にはいる。経理部長などをへて,60年社長となり,対外呼称をNKKに変更。円高不況後の合理化,経営多角化にとりくみ,米ナショナル-スチールへの資本参加など国際化をすすめた。平成4年会長。経済同友会副代表幹事などもつとめた。平成8年2月6日死去。72歳。新潟県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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