山崎廃寺跡(読み)やまざきはいじあと

日本歴史地名大系 「山崎廃寺跡」の解説

山崎廃寺跡
やまざきはいじあと

[現在地名]大山崎町大山崎

天王(てんのう)山東麓の標高四二―四八メートルの台地上にある奈良時代の寺院跡。観音寺参道の石段の北側台地上の畑地で瓦が出土するが、遺跡の性格については不明なところが多い。瓦は京都市西京区の樫原(かたぎはら)廃寺出土の古瓦に似た八葉重弁蓮華文軒丸瓦で、白鳳時代末ないしは奈良時代のものである。そのほかに平城宮式の軒丸瓦で京都府山城町の泉橋(せんきよう)寺出土瓦と同文のもの、さらに平安時代に下がる軒平瓦もある。これをすぐ近くに現存している観音寺と結び付ける説もあるが確証はない。また「続日本紀」宝亀四年(七七三)一一月二〇日条および「行基年譜」に行基建立寺院として載せる「河内国山埼院」をこの寺院跡に推定する説もある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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