山村庄(読み)やまむらのしよう

日本歴史地名大系 「山村庄」の解説

山村庄
やまむらのしよう

永観二年(九八四)と考えられる湛照僧都分付帳(東大寺要録)の「大和国雑役免」の添上郡のうちに「山村庄四町皆公田」とみえる。これによると、山村庄は公田のみからなる東大寺雑役免田であることがうかがえる。その所在は荘号からみて現山(やま)町に比定される。

久安四年(一一四八)の東大寺領大和国雑役免顛倒庄注進状(東大寺文書)の添上郡に「□(山カ)村庄四町、本当寺覚春得業領、沽却花林院権僧正之後、不勤寺役、当時領主覚昭得業弟子」とある。この雑役免庄□(山か)村庄四町は前記山村庄と考えられるが、平安末期には顛倒荘園のうちにあげられていることがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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