山階庄(読み)やましなのしよう

日本歴史地名大系 「山階庄」の解説

山階庄
やましなのしよう

現山階町・川崎かわさき町・口分田くもで町・いずみ町・保田ほうで町付近に比定され、近江猿楽上三座の一つ山階座の拠点とされる。「大乗院寺社雑事記」明応四年(一四九五)一〇月二六日条に「江州坂田郡之内山階庄」とみえ、奈良興福寺西南せいなん院から当庄についての内々の書状大乗院尋尊に到来しており、同書翌月五日条に当庄代官について記されることから、当時興福寺領であったと考えられる。大永二年(一五二二)九月に総持そうじ寺に田地八畝が寄進され(「加納直次寄進状」総持寺文書)、天文一六年(一五四七)二月九日には庄内の田地一反が能銭五貫文で売却されているが(「辰巳村又兵衛売券」上坂文書)、両文書から当庄が古代坂田郡条里の五条六里(現山階町付近)を含んでいたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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