岩ヶ野村(読み)いわがのむら

日本歴史地名大系 「岩ヶ野村」の解説

岩ヶ野村
いわがのむら

[現在地名]勝山市平泉寺へいせんじ町岩ヶ野

弁財天べんざいてん川中流域に位置し、東は大矢谷おおやたに村、西は壁倉かべくら村。村名は正保郷帳にみえ、田方二八一石余・畠方七三石余。慶長五年(一六〇〇)から福井藩領、寛永元年(一六二四)勝山藩領、正保元年(一六四四)幕府領で福井藩預地、貞享三年(一六八六)幕府直轄地、元禄五年(一六九二)以降美濃国郡上藩領となった。宝暦九年(一七五九)六月の岩ケ野村明細帳(平泉寺文書)によると、田畑の面積は上田五町三反余・中田四町五反余・下田五町八反余、上畑一町五反余・中畑一町九反余・下畑一町七反余、荒地三町六反余、居屋敷六畝余。家数は二七、ほかに道場と庵が各一、人数一七五であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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