日本歴史地名大系 「岩知野村」の解説 岩知野村いわちのむら 宮崎県:東諸県郡国富町岩知野村[現在地名]国富町岩知野木脇(きわき)村の東に位置し、南は東流する本庄(ほんじよう)川を境に宮崎郡金崎(かねざき)村(現宮崎市)、東は同郡瓜生野(うりゆうの)村(現同上)。寛政一一年(一七九九)の日下部姓岩切氏の系譜(岩切文書)によれば、岩切行広は寛正四年(一四六三)都於郡(とのこおり)(現西都市)の梅任城の在番を担っていたとされ、この頃「いわちの」を知行していたという。梅任は「六ツ野口ニアリ、今ハ高鍋領也」と記されている。三名(さんみよう)から八代北俣(やつしろきたまた)にかけて六野(むつの)・六野原(むつのばる)の字名が残り、江戸時代高鍋藩領に属した地域とすると、梅任城は三名付近に所在したと思われる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by