日向国覚書(読み)ひゆうがのくにおぼえがき

日本歴史地名大系 「日向国覚書」の解説

日向国覚書
ひゆうがのくにおぼえがき

一冊

成立 元禄一一年

原本 日南市

解説 日向国五郡別の石高、藩主別石高、村別石高が記されている。表紙には元禄一一年正月日とあるが、藩主名、藩別石高・村名や村別石高の記述や「先年指上候日向国絵図村形之覚」と記されることなどから正保国絵図覚書とも考えられ、元禄国絵図作成の過程で書写された可能性がある。また末尾に日州絵図方被仰付覚があり、元禄一〇年二月から同年一二月・同一四年二月と三月の飫肥藩の元禄国絵図作製への対応の様子が記されている。この覚書が正保国絵図の覚書であるとすれば、島津薩摩守(光久か)領が「い」、伊東大和守(祐久)領が「ろ」、島津万寿(久雄)領が「は」、秋月長門守(種春)領が「に」、有馬左右衛門佐(康純)領が「ほ」で印されていたことになる。しかし郷村石高帳(東京大学史料編纂所蔵)による正保期の日向国の総高は二八万八千五八九石余で、日向国覚書の二九万一八〇石余とは合致しない。一方、覚書冒頭の領主別の石高は寛文印知高に一致する。前述の「先年被指上候日向国絵図」が正保国絵図をさすかは定かではないが、覚書に記された村名や村高が元禄期以前のものであるのは明らかである。なお児湯郡臼杵郡が欠けているが、正保国絵図の写とされる絵図が宮崎県総合博物館に所蔵されており、今後の研究が待たれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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