岩野嶽道祖城跡(読み)いわのだけどうそじようあと

日本歴史地名大系 「岩野嶽道祖城跡」の解説

岩野嶽道祖城跡
いわのだけどうそじようあと

[現在地名]植木町岩野

岩野山の南麓、城山(じようやま)という字名をもつ標高一三五メートル、比高六〇メートルの独立山稜にある。「国誌」によると天文(授か)の頃小野左兵衛尉橘良旨が築城したというが、観応三年(一三五二)秋、足利直冬方の軍勢が、岩野城を攻撃していることが知られる(同年一二月日「伊東氏祐軍忠状」伊東家古文状)。その後、康正元年(一四五五)託麻(たくま)郡本山(もとやま)城(現熊本市)城主であった宗兼信が功により菊池為邦から「岩野荘内百五十町」を受け、以来宗氏の居城となったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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