岸河内村(読み)きしがわちむら

日本歴史地名大系 「岸河内村」の解説

岸河内村
きしがわちむら

[現在地名]佐伯市長谷はせ 岸河内

じよう村の南西大越おおこえ川中流左岸に位置。天正一四年(一五八六)一一月四日、栂牟礼とがむれ城を攻める島津軍が岸河内に火をかけ堅田かたたに進軍した。佐伯惟定は堅田口・岸河内に兵を派遣しこれを追った(大友家文書録)正保郷帳に村名がみえ、田高一五四石余・畑高一二八石余、堅田かたた郷に属した。その後の郷帳類では堅田村に含まれている。元禄見稲簿でも同村のうちで無高。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む