峠田宿(読み)とうげだしゆく

日本歴史地名大系 「峠田宿」の解説

峠田宿
とうげだしゆく

[現在地名]七ヶ宿町 峠田

七ヶ宿街道七宿場の一で、湯原ゆのはら村のうち。「湯原村安永風土記」に西の湯原宿へ一里六町、滑津なめつ宿へ一里一二町・本荷五三文、町は長さ一町四八間、人頭一四人・家数三四とある。当宿の成立は同風土記によれば、慶安元年(一六四八)当町の善兵衛が肝入検断を命じられており、この頃と考えられる。昭和一二年(一九三七)五月の大火でほとんどが焼け、わずかに東入口に鉤形の宿場景観が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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