崎野村(読み)さきのむら

日本歴史地名大系 「崎野村」の解説

崎野村
さきのむら

[現在地名]行橋市崎野・泉中央(いずみちゆうおう)一―四丁目・同八丁目・北泉(きたいずみ)四丁目・西泉(にしいずみ)一丁目・同五―七丁目・南大橋(みなみおおはし)四丁目

小犬丸(こいぬまる)村の西に位置し、今(いま)川・祓(はらい)川の下流域の沖積平野に立地する。元和八年人畜改帳に村名がみえ、給人一人分の高三五〇石余、家数三七・人数七九(うち庄屋一・肝煎一・百姓八・名子等一三)、牛一一・馬五。寛永九年(一六三二)の高三四四石余(「仲津郡寛永六年七年八年三ヶ年之御免帳」永青文庫)。郷村高帳では高三六二石余、うち新田高一七石余。旧高旧領取調帳では高三七二石余。定免制施行後の年貢率は三八パーセント(嘉永五年仲津郡本田畑御勘定帳)。文久三年(一八六三)三月小倉藩は農兵制を導入し、鉄砲の使用訓練をさせるため稽古場所を仲津(なかつ)郡では道場寺(どうじようじ)村山奉行役宅近辺、今井(いまい)村浜小路(はましようじ)川原、福原(ふくばる)村櫨山、大(おお)村(現犀川町)本陣近辺、木井馬場(きいばば)村(現同上)宮の馬場(みやのばば)の五ヵ所を選定したが、のちに当村津田も加えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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