川古村(読み)かわごむら

日本歴史地名大系 「川古村」の解説

川古村
かわごむら

[現在地名]武雄若木町わかきまち川古

現武雄市の北端に位置し、標高七六三・六メートルの八幡はちまん岳の南麓にある山村

文永九年(一二七二)一一月三〇日付の橘薩摩公義譲状案(小鹿島文書)に「三百五十ちやうのうち百二十ちやうとかわこの山はふんとをハ三郎さゑもん(公茂)入道ニゆつるところなり」とある。また正応五年(一二九二)一〇月七日の関東所領安堵下知状案(小鹿島文書)には、

<資料は省略されています>

とあり、さらに正安元年(一二九九)九月四日の橘薩摩公義所領注文(小鹿島文書)に、

<資料は省略されています>

とある。当時は「皮古」または「皮子」の字が用いられていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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