川寺村(読み)かわでらむら

日本歴史地名大系 「川寺村」の解説

川寺村
かわでらむら

[現在地名]飯能市川寺・柳町(やなぎちよう)・南町(みなみまち)

笠縫(かさぬい)村の西に位置し、南西から南にかけては入間(いるま)川を境として前(まえ)ヶ貫(ぬき)村・矢颪(やおろし)村など。当地の宝幢院願成(がんじよう)寺蔵大般若経巻第五一の奥書に、応安五年(一三七二)の年紀と「高麗郡加治郷河頬宝幢院」、巻三〇の奥書に「加治郷河頬村宝幢院」(年未詳)とみえ、この頃当地は加治(かじ)郷に属し、河頬(かわつら)(村)とよばれていた。河頬は入間川に面していることから発生した地名であろう。永禄年間(一五五八―七〇)と推定される六月三日の北条氏康判物(山口県金子文書)には「河寺笠縫之村」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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