川方村(読み)かわかたむら

日本歴史地名大系 「川方村」の解説

川方村
かわかたむら

[現在地名]久居市川方町

久居城下町のある段丘がさらに南方へ突出た所、もと村南部の東側に立地する。川方の名のように、もとは雲出くもず川の氾濫原上にあったが、水害を受けて段丘上へ移転したものである。「神鳳鈔」に「河方御厨」の名があり、当地に比定される。天正年間(一五七三―九二)安濃津あのつ(現津市)城主富田知信の所領となるが、慶長一三年(一六〇八)藤堂高虎の所領となる。次いで寛文九年(一六六九)久居藩に属して明治に至る。寛延年間(一七四八―五一)の村勢は、戸数七〇、ほかに郷士二、人口二七八、馬一〇、牛二で、社寺は現在と同じく天神社と栄昌えいしよう(現栄松寺)である(宗国史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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