川曲坂(読み)かわわのさか

日本歴史地名大系 「川曲坂」の解説

川曲坂
かわわのさか

壬申の乱に際し、大海人皇子は六月二四日吉野を発し、翌日伊勢に進んだ。「則ち且、五百軍を発して、鈴鹿山道を塞へむとす。川曲の坂下に到りて、日暮れぬ」(「日本書紀」天武天皇元年条)。ここで雨が降出してきたので休む間もなく、三重の郡家に至って家一軒を焚いて暖をとる。この「川曲の坂」の所在について、亀山市川崎かわさき町説(五鈴遺響)もあるが、三重の郡家が四日市市采女うねめ町付近に比定されているから、これではその間の距離が一二キロもあり、一行雷雨にぬれて行進するには遠すぎる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む