左京分村(読み)さきようぶんむら

日本歴史地名大系 「左京分村」の解説

左京分村
さきようぶんむら

[現在地名]妙義町上高田(かみたかた)

北部を高田川が東流し、東は下高田村、西は八木連(やぎつれ)村、南は上丹生(かみにゆう)村(現富岡市)と接する。近世はおおむね小幡藩領。寛文郷帳には「左京村」とあり、田方一八九石一斗余・畑方六石八斗余。文政前後の領内村々書上帳(松浦文書)によると、本新田一四町六反一畝余・本新畑一三町六反五畝余、年貢は米九二石余、小物成は真綿四把を納め、四季打鉄砲三挺、家数五〇・人数二〇六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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