市ヶ瀬村(読み)いちがせむら

日本歴史地名大系 「市ヶ瀬村」の解説

市ヶ瀬村
いちがせむら

[現在地名]足助町竜岡(たつおか)

足助川に沿い、東は川面(かわおもて)村、南は大蔵連(おおぞうれ)村、西は桑田和(くわだわ)村、北は足原(あしばら)村に接する。集落は谷地形の山麓に点在。主要地方道瀬戸―設楽線が足助川右岸を通る。慶長五年(一六〇〇)関ヶ原合戦後、則定(のりさだ)村に陣屋を置いた旗本鈴木重次の知行地となり、幕末まで鈴木家知行地。天保九年(一八三八)の三河国賀茂郡九ケ村明細帳(深見保家文書)によると、村高二〇石余、田一町歩余・畑一町歩余、年貢一〇石余、家数八、人数三二、うち男一七・女一五、馬三匹、村方惣持山一ヵ所、百姓持山四ヵ所、産神宮(薬師堂)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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