市谷山伏町(読み)いちがややまぶしちよう

日本歴史地名大系 「市谷山伏町」の解説

市谷山伏町
いちがややまぶしちよう

[現在地名]新宿区市谷山伏町など

市谷柳いちがややなぎ町から東へ牛込御箪笥うしごめおたんす町や同岩戸いわと町方面に向かう通り(現大久保通)の北側一帯の武家地・常敬じようけい寺などを合せ明治五年(一八七二)起立町名は、江戸時代に当地から東方にかけての一帯を里俗に牛込山伏町とよんだことによる。成立時には西は市谷柳町、南は同甲良こうら町、東は牛込北山伏うしごめきたやまぶし町、北は同南榎みなみえのき町・同弁天べんてん町。寛文新板江戸絵図では町域は甲斐徳美藩伊丹氏の屋敷などであった。その後、伊丹氏の屋敷は移転、跡地は元禄一一年(一六九八)には林大学頭や旗本の屋敷、旗組・留守居同心などの大縄地となっている(沿革図書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む