日本歴史地名大系 「市鹿野村」の解説
市鹿野村
いちかのむら
[現在地名]日置川町市鹿野
北は
慶長検地高目録には「一荷野村」と記され、村高一七八石余、小物成四・五四九石。周参見組に属し、「続風土記」によれば家数一四七、人数五八二。宝永元年(一七〇四)市鹿野御仕入方役所が開かれ、享保三年(一七一八)にいったん閉鎖されたが、同九年再開された(南紀徳川史)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
北は
慶長検地高目録には「一荷野村」と記され、村高一七八石余、小物成四・五四九石。周参見組に属し、「続風土記」によれば家数一四七、人数五八二。宝永元年(一七〇四)市鹿野御仕入方役所が開かれ、享保三年(一七一八)にいったん閉鎖されたが、同九年再開された(南紀徳川史)。
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