帆谷村(読み)ほだにむら

日本歴史地名大系 「帆谷村」の解説

帆谷村
ほだにむら

[現在地名]福井市帆谷町

文殊(もんじゆ)山北麓の小谷頭にあって、二上(ふたがみ)村の東、北山(きたやま)村の西に位置する。奈良時代には東大寺領糞置(くそおき)庄のうちに含まれ、天平宝字三年(七五九)一二月三日付越前国足羽郡糞置村開田地図(正倉院蔵)に「西南八条五動谷里十二岡本田」とみえる動谷(どうだに)は、現在も字名として残る。中世は得光(とくみつ)保の一村。村名は正保郷帳にみえ、田方三六六石余・畠方六三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む