平内新田(読み)へいないしんでん

日本歴史地名大系 「平内新田」の解説

平内新田
へいないしんでん

[現在地名]関川村平内新

あら川右岸の河岸段丘上にあり、南をまえ川が流れる。東は小見おうみ村、西は高田たかだ村に接する。正保―承応年間(一六四四―五五)頃米沢藩士平田尾張守鮮範の子平田平内により開かれたと伝える。元禄郷帳に「高田村枝郷平内新村」とみえる。村上藩領に属し、宝永六年(一七〇九)幕府領。寛政一一年(一七九九)の村明細帳(渡辺家文書)によれば高六三石二斗余、田四町六反九畝余・畑屋敷一町一反二畝余、新田畑二町三反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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