平宗清(読み)たいらの むねきよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平宗清」の解説

平宗清 たいらの-むねきよ

?-? 平安時代後期の武士
平頼盛につかえる。永暦(えいりゃく)元年(1160)平治(へいじ)の乱に敗れた源頼朝を捕らえたが,頼盛の母池禅尼を通じて助命を嘆願し,頼朝は伊豆(いず)に流された。のち頼朝から鎌倉にまねかれたが辞退し,屋島平宗盛につかえた。通称は弥平兵衛。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典 「平宗清」の解説

平宗清

生年生没年不詳
平安後期の武士。伊勢平氏の一流右兵衛尉平季兼の子。柘植弥平二を名乗ったことより,伊勢国柘植郷を根拠地としていたと推定される。平正盛の率いた武士団の構成員。<参考文献>田中文英「平氏政権の形成過程」(『日本史研究』95号)

(上杉和彦)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む