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平宗盛 たいらのむねもり

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

平宗盛
たいらのむねもり

[生]久安3 (1147)
[没]文治1 (1185).6.21. 近江
平安時代末期の武将。平清盛の子。平氏全盛期に官位も累進し,治承2(1178)年正二位権大納言。翌年兄重盛が没し,その遺領を後白河法皇が収めたため,父の命で法皇を幽閉した。同 4年高倉天皇第1皇子(安徳天皇)が即位し,外戚として重きをなした。

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デジタル大辞泉の解説

たいら‐の‐むねもり〔たひら‐〕【平宗盛】

[1147~1185]平安末期の武将。清盛の三男。従一位内大臣源義仲の軍に追われ、安徳天皇を奉じて京を離れた。のち、義経の軍に一ノ谷の戦いで敗れ、壇ノ浦の戦いで大敗。捕らえられて近江(おうみ)で斬られた。

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百科事典マイペディアの解説

平宗盛【たいらのむねもり】

平安末期の武将。清盛の三男。内大臣(ないだいじん)。兄重盛,父清盛の死後,一門を率いて源氏に抗戦したが,壇ノ浦の戦で捕らえられ,近江(おうみ)で処刑。
→関連項目小東荘屋島の戦

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

平宗盛 たいらの-むねもり

1147-1185 平安時代後期の武将。
久安3年生まれ。平清盛の3男。母は平時子。寿永元年内大臣,2年従一位にすすむ。兄重盛の死後家督を相続し,清盛なきあと一門の総帥として源氏とたたかう。壇ノ浦の戦いで捕らえられて鎌倉に護送され,さらに京都に送還される途中,元暦(げんりゃく)2年6月21日近江(おうみ)(滋賀県)できられた。39歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

平宗盛

没年:文治1.6.21(1185.7.19)
生年:久安3(1147)
平安末期の武将。清盛の3男で,母は平時子。同腹の妹徳子が高倉天皇の中宮となったこともあって,重盛に次ぐ昇進をして仁安2(1167)年には公卿となり,治承1(1177)年には重盛の左大将と並んで右大将となり,平氏の栄華を天下に誇った。3年の重盛の死後は平氏の長者としてその中心に位置し,4年に以仁王の反乱が,続いて東国で源氏の反乱が起きると,父清盛を説得して都を福原から戻し,翌年1月には畿内近国の軍事組織である惣官職を設置して惣官となり,墨俣の戦において東国軍を破った。清盛の死後は後白河法皇の復活を認めつつ反乱軍に対応したが,折からの飢饉に悩まされて畿内近国からの兵糧米の徴収もままならず,寿永1(1182)年に内大臣になるも具体的な政治的な方針を示すことがないまま,翌年4月に北陸に送った源義仲追討軍が惨敗し,ついに7月に都落ちとなって安徳天皇を擁し西海に逃れた。その後,源氏の内紛もあって,勢力を盛り返したが,元暦1(1184)年の摂津一の谷の戦に続き,讃岐の屋島,長門の壇の浦と次々と敗れて身を海に投じた。しかし捕らえられて鎌倉に送還されたのち,京都に送り返される途中で斬首された。『平家物語』は宗盛について厳しい人物評価を与え,無能で器量なしとしている。また『源平盛衰記』は時子の実子ではないとの異説さえ載せている。兄重盛や弟知盛との対照から,そうした役割を与えられた面が濃く,実像は不明な部分が多い。<参考文献>上横手雅敬『平家物語の虚構と真実』

(五味文彦)

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世界大百科事典 第2版の解説

たいらのむねもり【平宗盛】

1147‐85(久安3‐文治1)
平安末期の武将。清盛の子。従一位内大臣。1181年(養和1)源平争乱のさなかに清盛が死に,一門の統率の任につくが力量に欠け,83年(寿永2)源義仲に追われて大宰府に走る。ついで屋島に拠り,一時,摂津一ノ谷までもり返すが敗退。85年壇ノ浦で一門が滅亡したさい,自決しえず子の清宗とともに源義経に捕らえられ鎌倉に送られた。さらに京都へ送り返される途中,近江篠原で斬られ,首を獄門にかけられた。【田中 文英】

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大辞林 第三版の解説

たいらのむねもり【平宗盛】

1147~1185) 平安末期の武将。清盛の子。内大臣。従一位。清盛の死後、一門を統率して源氏に対抗、壇浦で捕らえられ、近江篠原で義経に斬られた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

平宗盛
たいらのむねもり
(1147―1185)

平安末期の武将。父は平清盛(きよもり)、母は平時子。久安(きゅうあん)3年誕生。同腹弟妹に知盛(とももり)・重衡(しげひら)・建礼(けんれい)門院徳子(とくこ)がいる。従(じゅ)一位内大臣。1179年(治承3)清盛の嫡男重盛(しげもり)が病没後、81年(養和1)清盛が没し、一門総帥の地位につく。しかし政治家としての力量に欠け、83年(寿永2)源義仲(よしなか)入京に先だち西走。安徳(あんとく)天皇を奉じ一門を率いて九州に向かい、新都経営をもくろんだが果たさず、讃岐(さぬき)屋島(やしま)に本拠を置く。84年(元暦1)一ノ谷の戦い、翌85年(文治1)屋島の戦いに敗れ、同年3月壇ノ浦(だんのうら)で一門滅亡、宗盛は子清宗(きよむね)とともに生虜となる。5月鎌倉へ送られたのち、6月21日近江(おうみ)篠原(しのはら)(滋賀県野洲(やす)市)で父子ともに誅殺(ちゅうさつ)され、首は獄門にかけられた。[飯田悠紀子]

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世界大百科事典内の平宗盛の言及

【海道下り】より

…逢坂山,勢多の唐橋,野路(のじ)の里,鏡山,伊吹が岳,不破の関,鳴海潟(なるみがた),三河の八橋(やつはし),浜名の橋と過ぎて,池田の宿に着いた(〈三重・初重〉)。ここでは長(ちよう)の熊野(ゆや)の娘侍従の家に宿泊したが,この侍従は,もと都で平宗盛に愛された女で,老母の病気に帰国を願ったが許されなかったため,和歌を詠じて宗盛から許しを得たという女だった。重衡は,春も暮れ近い道中の風物を見るにつけても,身の宿業の悲しさに涙が絶えない日々だった(〈中音・初重〉)。…

【惣官】より

…731年(天平3)藤原武智麻呂の政権は口分田の再配分を強行し,民衆の不満を抑えるため畿内に惣官,諸道に鎮撫使を置いたが,この惣官は軍事的な権限を持つ臨時の官であった。1181年(養和1)源頼朝による東国政権の成立に対抗し,軍事体制の強化をはかる平氏政権は,平宗盛を五畿内,伊賀,伊勢,近江,丹波などの諸国の惣官とした。ここには天平の惣官の先蹤にならう意識もあったであろうが,むしろこれは,すでに成立していた供御人(くごにん),神人(じにん)の惣官に準じ,在庁をはじめ国中の武士の軍事的統轄者として補任された職で,のちの守護の先駆とみることができる。…

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