コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

平業房 たいらの なりふさ

2件 の用語解説(平業房の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

平業房 たいらの-なりふさ

?-1179 平安時代後期の官吏。
後白河法皇につかえて信頼されたが,治承(じしょう)3年平清盛クーデターの際免官となり,伊豆(いず)に流される途中逃亡。同年12月京都で捕らえられ殺害された。後白河法皇の妃高階栄子(たかしなの-えいし)の前夫。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

平業房

没年:治承3.12(1179)
生年:生年不詳
平安末期の後白河院北面の武士。斎院次官平盛房の子。後白河法皇の寵妃高階栄子(丹後局)の前夫。ふたりの間には業兼,教成ら数子がある。治承1(1177)年に鹿ケ谷の変で平清盛に捕らえられたが,法皇の再三の請いによってひとりだけ放免され,同3年に正五位下左衛門佐となる。その出世は妻の存在によるところが大きいが,自身も今様を学び,下北面から身を起こして院に近習し,「御寵人」とまでいわれた。同年11月の清盛のクーデタで解官され,伊豆へ配流されるが途中で逃れ,再び捕らえられて殺された。<参考文献>米谷豊之祐「後白河院北面下臈」(『大阪城南女子短大研究紀要』11号)

(土谷恵)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

平業房の関連キーワード土佐光長西面の武士北面の武士院の北面下北面北面平業忠藤原親盛源仲国源仲頼(2)

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone