20世紀日本人名事典 「平田敬一郎」の解説 平田 敬一郎ヒラタ ケイイチロウ 昭和期の大蔵官僚 元・大蔵事務次官;元・日本開発銀行総裁。 生年明治41(1908)年9月5日 没年平成4(1992)年5月22日 出生地長崎県 学歴〔年〕東京帝国大学法学部〔昭和6年〕卒 主な受賞名〔年〕勲一等瑞宝章〔昭和53年〕 経歴昭和6年大蔵省に入り主税畑を歩く。戦後経済安定本部、物価庁に出向ののち大蔵省に戻り、22年から主税局長。24年5月来日したシャウプ使節団と折衝、25年シャウプ勧告による税制改善実施の中心となった。27年国税庁長官、30年大蔵事務次官。32年日本開発銀行副総裁、38〜42年総裁。49年地域開発振興公団総裁。その他経済審議会、産業構造審議会などの委員を歴任した。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平田敬一郎」の解説 平田敬一郎 ひらた-けいいちろう 1908-1992 昭和時代の官僚。明治41年9月5日生まれ。白仁(しらに)武の娘婿。大蔵省にはいり,昭和22年主税局長,27年国税庁長官,30年大蔵事務次官となる。38年日本開発銀行総裁。のち地域振興整備公団総裁などをつとめた。平成4年5月22日死去。83歳。長崎県出身。東京帝大卒。著作に「税金の基礎知識」など。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
367日誕生日大事典 「平田敬一郎」の解説 平田 敬一郎 (ひらた けいいちろう) 生年月日:1908年9月5日昭和時代の官僚。大蔵事務次官;日本開発銀行総裁1992年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報