企業の人事異動の一つ。企業の外に向かって行われる点で、同一企業内での就業場所または職務の変更にとどまる配置転換(配転)と異なる。出向には、自己の雇用先(出向元)の従業員の身分を保持したまま、普通は休職扱いとなって別の企業(出向先)で就労する在籍出向と、雇用先の従業員の身分を喪失する移籍出向(転籍または転属ともいう)とがある。いずれの場合も、出向元と出向先との間の出向に関する協定が前提として必要である。移籍出向の場合、出向元との労働契約が解消され、新たに出向先と労働契約が締結される。これに対し、在籍出向の場合は、出向元と出向先の両方に労働契約が存在するとみるか、少なくとも出向先との間で労働契約に近い関係が存在することになる。そのため、出向に関する協定などで、それぞれが負う責任の内容が決められることになる。かつては幹部社員を系列企業などへ派出する形が一般的であったが、しだいに雇用調整の手段として一般従業員も対象とされるようになった。
出向は、法人格を異にする出向先で労務を提供するものであり、労働条件に重大な変更を伴う。したがって、出向は業務命令で一方的に命ずることはできない。移籍出向の場合、現在の勤務先を退職して出向先と新たな労働契約を締結することになるので、出向する際に労働者の個別的同意が必要である。在籍出向の場合も、判例上、労働者の同意その他の根拠が必要であるとする(1966年3月31日東京地裁判決)。問題は、この同意が出向の際に個別的に行われる必要があるのか、それとも労働契約を締結するとき(採用のとき)に行われた、将来出向を命じられた場合に応じる旨の同意(包括的同意という)で足りるかである。実際には、就業規則に出向に関する規定がある場合、それに同意して採用されたと考えられるので、それを根拠に出向を命じうるかが問題となる。採用時には労働者と使用者では立場に優劣があるので、出向を断ったり、就業規則に同意しないことは困難である。そのため、出向の際に個別的同意が必要であるとする有力な学説もある。これに対し、多くの学説および判例は、そこまでは要求しない。しかし、就業規則の一般的・抽象的な規定では足りず、直接的で明白な規定がなければ出向義務は生じないとする(1973年10月19日最高裁判決)。また、出向義務が生ずる規定といえる場合でも、問題となる個別事例についてみた場合、業務上の必要性や人選の合理性を欠いていれば、当該出向命令は権利の濫用として無効になる(労働契約法14条)。なお、労働協約に出向に関する定めがあっても、それは出向の場合の処遇を定めるものにすぎないから、その定めから個々の労働者に出向義務が生じるわけではない。
なお、出向は公務部門でも人事交流などの目的で省庁間や地方公共団体、民間企業などとの間で行われるが、実態は多様で法律関係も複雑である。派遣とよばれる場合もあるが、原則的には任命権者の異なる機関への転任が出向である。この場合、身分保障があり、原則として待遇にも変化はない。
[吉田美喜夫]
企業(出向元)が従業員に労働契約関係を基本的に維持しながら,一定期間他企業(出向先)の指揮命令下において就労させる勤務形態をいう。企業間異動という点で同一企業内での業務内容や勤務場所の変更にすぎない配置転換,転勤などの人事異動とは異なる。従前は管理職クラスの職員層を対象に定期的人事異動として出向が実施されることが多かったが,近時のそれは,経営の合理化という観点から雇用調整と労働力の再配置を目的に,広く労働者全般にまで拡大して実施されることが多くなってきている。使用者の出向命令権の法的根拠については,配転などに比べ出向はよりいっそう労働者の労働条件や生活環境に重大な影響を及ぼしうること,また労働者は労働契約の相手方たる使用者のためにのみ労務提供の義務を負うにすぎないこと(労務給付義務の一身専属性(民法625条1項))などを主たる理由に,使用者は労働者の同意なしには出向を命じえないと説かれている。ただ,この場合,この同意がそのつどの個別・具体的な同意であることを要するのか,あるいは就業規則や労働協約中の規定に基づくあらかじめの包括的同意でもよいのかということについては見解が分かれている。
この点について学説は,一般に前者の同意の存在を要求するのに対し,判例はむしろ後者の同意で足りると解するものが多い。
執筆者:奥山 明良
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