平貞義(読み)たいらの さだよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平貞義」の解説

平貞義 たいらの-さだよし

?-? 平安後期-鎌倉時代武将
平重盛家臣。平氏滅亡ののち東北にのがれ,陸奥(むつ)宮城郡大倉(現宮城町)に重盛から託された阿弥陀如来をまつり,建久9年(1198)従者が堂をたてたとつたえられる。堂はのち西方寺となり,定義(じょうぎ)如来として信仰をあつめた。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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